考えるアシ

もちろん知ってますよ。

考えるアシのアシは、足じゃなくて、葦だということは。

でもどうしても、足だと思っちゃう。

いや、脚か。

音声入力が、なかなかイケるって考えてから、

散歩中の思考が、より具体的になってきた。

いままでも、歩きながら考えるっていうのはあった。

でもそれは、抽象的で、まさに瞑想。

それはそれで良いんだけど、

最近は思考が具体的になってきている。

文章化されてきたとでもいうのかな。

音声認識を使って、

歩きながら文章をつくろうとしてるからだよね。

思考は、イメージで現実化する。

イメージは、文章でつくられる。

文章は、AIで言うところの、プロンプトなんだね。

歩けばいやでも考える。

風景が変われば、考えることも変わる。

やっぱり人間は、考える脚なのでは。

歩きながら、文章ができるって、やっぱすごいや。

そうなると、欲しくなるのが、メガネ型デバイス。

テキストだけ読めるシンプルなやつ。

そんなためだけに、

開発なんてされないんだろうな。

欲望の脚である。



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